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環境サロン「世代間の対話~こころの環境問題」第8回「新しい時代のコミュニティづくりに向けて」U-Be Bonds(うべぼん)発起人 中繁芳久さん

2014年02月23日

中繁さんは1961年宇部生まれ、その後防府・松江・新潟を経て、東京の大学で経営学を学び、オリックス大阪本社に就職。28で転職し、その後バブルの真っただ中、先輩達と会社を立ち上げ、大儲け。バブル崩壊後ファイナンシャルプランナーの資格を取得して30で東京で再起業。独自に開発した財務処方箋ソフトがヒットして16年間の累積純収益は20億にものぼったという。2003年には「資金繰りに強くなる知識と実務」という本も出している。横国大の非常勤講師なども勤め、2005年頃会社の業績も絶好調であった。

しかし事業の成功とは別に、家庭崩壊、離婚。モノやお金では、心の幸せは得られないことを痛感、インドにも行き、内面の探求を始める。愛犬たちも相次いでなくなり、2006年に会社を手放す。2007年に再度インドに行き、マヤ暦とも出会い、新しい生き方を自分の中でほぼ確立する。2012年に宇部に居を移し、ザ・よみがえり支援アドバイザーとして、新潟の実家の不動産業も引き継ぎながら、全国各地を飛び回っている。という大変波乱に富んだ生き方をされてきた方である。

まずマヤ暦については、想像していたような終末論といったものではなく、季節にたとえて言うと、春夏秋冬それぞれ6500年ずつ、26000年で一回りするリズムがあり、現在は26000年目の大きな節目で、ちょうど冬から新しい春に映る時期にあたる。冬の間はひたすら閉じこもって自分の身を守ることに専念していたが、今からはシェルターから飛び出していって、つながる時期であるとのこと。

そのためには一人一人のエンパワーメントが必要であるということ。その支援をすることが自分の役割と考え、適材適所で各自の能力をフルに発揮できる組織のあり方、コミュニティーづくりを教える講座や、空き屋・空きビルの再生、隠れた資源を活かした地域再生、新しいテクノロジーを利用した甦り支援などに力を入れている。

事例の紹介として、埼玉県入間市の旧米軍住宅Jonson Town は一時期、宇部で言うと長生炭坑住宅のような荒廃した廃墟のようであったが、今はおしゃれな町として甦り、人気を博している。入間市の文化遺産となり、家賃も東京より高くなっていたりする。中繁さんもこの一角に住んでいたそうである。

二つ目は新潟県の阿賀野川上流の阿賀町豊実で里山とアートを結びつけたNPOコスモ夢舞台の紹介である。昭和電工の発祥の地で草倉銅山があったところで、新潟水俣病の暗い過去も持つ地域であるが、今は、佐藤賢太郎さんの彫刻や里山アート展など活発な活動により、首都圏からも多くのリピーターを集めている。

 最後に新しい甦りテクノロジーについて、3つの事例が紹介された。
一つ目は、(株)グリーンファームのとび職の技術を活用した高床式の砂栽培技術である。比較的安価な初期投資で、必要最小限の水と液肥をイスラエルで開発された液滴用パイプで供給し、無農薬でチンゲン菜やニンニク、ショウガなどおいしい野菜を生産できる。うまくいけば10年くらいで元がとれるとのこと。

 二つ目はアイ・ケー・ケー(株)、愛工房の低温乾燥スギ板である。通常100℃の高温でスギ板を乾燥するので、樹液も抜け、割れやすく、反りやすく、あまりスギ板は人気がない。この技術を開発された伊藤さんは、乾燥工程を見ていて、これは命のあるスギが可哀想と思われたそうだ。低温乾燥ではスギ板と会話しながら、ゆっくり乾燥するので、フィトンチッドも保存され、住む人の健康にもいい。実物を見せていただいたが、たしかに上質材の肌触りである。この装置は販売はされずレンタルで、しかもお金儲けのためだけでは貸さないそうである。

 三つ目は、 名古屋の(株)グリーニューティリティの省エネ診断・改善の例であった。LED照明からの電磁波も問題になっていること、50kW以上の事業所がPPS(特定規模電気事業者:PowerProducer & Supplliyer)といわれる電気事業に新規参入した特定規模電気事業者と契約することにより、電力料金を節減できるようになっているといったお話であったが、時間切れのため、詳しく紹介されなかった。

議論:
○絶好調の時と絶不調の時を経験されてきて今があるわけだが、稲盛さんもひとかどのことを成し遂げるためにはなにかを犠牲にしないとできないと言われている。人類の将来も心配されている。
 日本の農業はこれまで守られてきた産業だが、これから新しい技術を活かして競争力を付けていかなければならない時代である。そういう意味で今日のお話は参考になった。
→グリーンファームの野菜をレストランでおいしい料理になり、生産現場と流通・消費現場とのつながりをつよめることも大事。
 低温乾燥のスギ板にしても、質のいいものはある程度高くつくことを受け入れることが必要と思う。

○液肥の成分は作物により異なり、むずかしいと思うが。
→作物によっても当然違うので、日本砂栽培協会が色々研究している。有機農業はいいが、作物が直接吸収するのは無機の成分であると言う人もいる。無農薬で、受粉にミツバチを使っている。モーツアルトの音楽を聴かせたりして付加価値を付けたりもしているところもある。

○有機農業より砂栽培の方がいいというように聞こえるが。
→必ずしもそういうことではなく、農業にも色々なやりかたがある。誰でもできる農業のビジネスモデルとして、新しい発想の砂栽培も多様な方法の一つであるということだと思う。土はやはり基本であり、有機農法でつくったものが一番おいしいかもしれない。

○TPPで日本の農業はどうなると思うか。われわれがやっている今年のソバは雨のために不作に終わった。行政の方から、技術的なことではなく、来年は保険にはいったらいいというアドバイスをもらった。農業のいまの現実をかいま見た気がした。
→非常時には農業が一番大事だし、自分の食べるものは自分でつくる生き方もいいのではないか。銀座の一等地より、このあたりの土地の方がほんとうは遙かに値打ちがある。飽食グルメの時代とか、お金を稼ぐことが至上命題であるというような考え方がこれからは変わるのではないのか。みんながもっと農業や食料生産の場と関わることが大事だと思う。健康の維持にもつながる。肉でも動物を殺すところを見れば、見方が変わる。

○2万6千年の暦のことを言われたが、その根拠は?0年はどのように決まったのか。
→宇宙はフラクタルから成り立っており、ミクロからマクロまで同じ構造をもっているという見方がある。スペインに滅ぼされたときに記録もなくなったと言われ、5125年を5回繰り返して約26000年になるという説もある。2012年12月21日あるいは2011年10月の末が新しい26000年の始まりであるという説がある。実は、地球のコマの傾きの周期が26000年という説があり、冬から春、夏から秋の13000年の節目が特にむずかしいと言われている。

○環境学の立場から言うと、人類の人口がすごく増えつつあり、一人一人が非常に贅沢をしている、人類にとっていまだかってない困難な時期にある。価値観の変革が求められているが、なかなか変えるのはむずかしい。若者は選挙に無関心だし・・。
→冬の時代、コップの中で人間のことばかり考えてきたが、春の時代に入り、宇宙につながって生かされているという意識を持つこと、そういう価値観の変化がもとめられている。地球を一つの生命体とみなすガイア仮説、われわれも宇宙の気から成り立っている。

○いまはファイナンシャルプランナーより起業化の支援の役割を果たそうとされているのだと思うが、どうなのか。
→最近は主婦や若い人達に話すことが多く、今回のように、人生経験豊かな人たちの前で、こういう話をしたのは久々だ。起業の具体例をつくっていくのはまだ自分にとっても未知数でこれからだが、いろいろ講座をやり、全国を回っている中で、意識は着実に上がってきているように感じている。

○なぜ宇部に帰ってこられたのか。帰ってこられて良かったか。
→偶然の要素もあるが、明治維新の時代とはまたもっと大きな転換期なので、長州の地からという意識もつよかった。良かったと思う。きょう紹介した人たちともこの3年間に知り合った。東京の方が多くの人と知り合えるように思うかもしれないが、実際はそうではなかったことになる。話をしても山口の人はいちばん乗りがいいと感じる。

○若いときのファイナンシャルプランナーとは、いま対照的な仕事をしておられるわけだが、いまグローバリズムの大きな力とどのように対応したらいいのか。若い人たちに呼びかけてもなかなか響かないことも多い。
→お金があれば、幸せになれると思ったが、実際はそうではなかった。お金を儲けて田園調布で立派な家に住んでいても心は穏やかなではない人が多かった。トレーダーは高給取りでもストレスが大きく精神的に不安定になることも多い。そういう社会はデッドエンドに来ていると思う。
 新しいワインは新しい革袋に入れる必要があると言われるように、変革の時代には、柔軟な社会構造が必要である。
YouTubeは以下で視聴できます。http://youtu.be/UD4gMctOId0

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